育てにくい子の会。少しだけ復活!

あれから11年。育てにくい子の会その後。まずは未公開記事を公開。

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通級の先生が息子の授業を見に来てくれました。

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★私のつぶやき

通級の先生が息子の授業中の様子を見学しにいらした。
周りに溶け込んでいるからなかなか見つけられなかった、とのこと。

息子は良くも悪くも、“一見普通”だ。

集団に適応する力があるらしい。(集団行動を乱さない程度だけど。)
多動や大きなパニックがなく、おとなしいタイプだ。(小さい頃に泣いて暴れてたのが嘘のよう。でも、表に出さないだけだと思う。)

人にどう思われるかが気になるらしい。(でも、“恥ずかしい”の基準が人とズレている。)
リーダー的な役に立候補するようになった。(引っ込み思案な私には気持ちが分からない。見習いたい。)

発達障害と診断された2~3歳の頃は療育手帳を持っていたし、特別児童扶養手当も いただいていた。

知能が上がっていき、療育手帳は該当しなくなったため更新せず。
特別児童扶養手当の更新は通らなかった。

小学校は普通学級に入学。

年々育てやすくなっていったが、健常児も育っているので、差は縮まることがなかった。

差が縮まると信じて、結構厳しくしていた時期もあったが、二次障害がなかなか治らない日々の中で、諦めざるをえなかった。
今はむしろ差が広がったのかもしれない。息子の4歳くらい年下の子を育てているような感じだと思う。

現在息子は主治医に「障害手帳の申請は難しいかも」と言われていることと、息子が手帳の意味を理解してしまうこともあり、手帳の申請をしていない。
私は精神障害手帳 を持っているので、息子と2人で入場券が必要な場所に出掛けると、息子が私の付添い人扱いになる(笑)。

息子は手帳を持っていてもおかしくないくらい、年齢の割には遅れがあると思う。

それは、身近な担任も、通級の“プロ”の先生でも見分けがつかないようだ。
なぜなら、その遅れをカバーする性格がある。頭があまり良くないことも関係するだろう。
私からすると「のんきでいいね」「自由だね」と嫌味混じりに褒めてしまう。

息子をフォローし続けている私は、生きていて楽しいとは言い切れない。
日々苦痛だ。とても疲れる。やりがいがない。
私は自分を犠牲にしている。子供の頃から得てきたものを全部捨てて子育てしてきた。

私の人 生のゴールは息子が立派な大人になるところかな。
それ以降のことなんて考えられない。
もし息子が立派な大人になれなくても、私に限界が来るだろう。どこまで持つかな。
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息子は小さい頃に一生分の拒絶をしたせいか(何度も書いているが、病院と公共の施設は体を突っ張って、泣いて暴れた)、今は好奇心が旺盛だ。
小さい頃からたくさんの人に大切にされてきたから、心に蓄えていたものが今になって楽しみとしていっぱい溢れてくるのだろう。
うらやましい奴だ・・・

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