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2007年8月4日 無意味な怯え

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3才の盛夏 ~母動けず息子止まらず~

ダンナがお盆休みの予定を私やタロウに配慮して考えてくれた。なのに、私はそれを素直に喜べない。

行きたくないんじゃない。家族3人で行くのが恐いのだ。

太宰治

太宰治

ダンナに申し訳ない気持ちでいっぱいだ。低いハードルさえ跳ぼうとしない私は、人間失格だ。 昨夜、眠気はあるのに眠る気がしなかった。寝てしまったら“明日”が来てしまうからだ。

私はろくに興味もないサイトのネットサーフィンをしていた。限られた“今日”を少しでも長くし、“明日”という地獄を遠ざけるために。 思っている以上に、日々ストレスを溜めている。心はもう死んでいる。

表面的には喜怒哀楽がある。でも、心の奥は動いていない。 タロウと遊び、笑う私。 タロウの成長に感激する私。 タロウを抱きしめる私。 …こういうの、演技っていうのかな。 それとも、表面的な感情も本心と言える?

この夏、心の底から喜んだことは、飼っていたクロアゲハのサナギがチョウになったことだけだ。 肺をわしづかみにされたような苦しさと、何をしていても頭から離れない死の願望は、最近落ち着いている。

なのに、無気力で無感情のままだ。 私の心には大きなダイナマイトがあり、感情を持つスペースが狭く、『恐怖』という点火に恐れている。

自宅に戻ること。

出掛けること。

これがダンナの提案だ。 簡単なこと。だけど恐い。 タロウとの数々のトラウマ的できごとがフラッシュバックし、それが未来予想となり、私を凍りつかせる。

ダンナは「大丈夫」と言う。私と“つうかあ”の母は、私の恐怖を排除するように行動してくれるが、ダンナは私的には大丈夫じゃないことを大丈夫と判断する。

人として心強いが、私はそれだと不安だ。

消したい

消したい(旦那の字)

今は私とタロウには低刺激がいいのか、または、ダンナの提案どおり、リスクを伴う楽しい刺激がいいのか。

こんなことをウダウダ考えてる自分が嫌だ。

自分を消したい。  

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